2010年10月3日日曜日

戦艦ミズーリ

戦艦ミズーリ (USS Missouri)
1945年9月2日、東京湾上、戦艦ミズーリ甲板上において日本は降伏文書に調印した。   
今パールハーバーに退役した艦上には調印の場所が刻印され、文書のコピーが展示されている。
各国のうちカナダ代表が、行を間違ってサイン、あとのサインはズレたため訂正を求めた日本の要求は受け入れられず。     硫黄島、東京 日立を攻撃、戦艦大和をも撃沈した五万三千トンの船上ではすでに、祝賀パーティーが行われていたため、重光葵以下日本全権は屈辱の退艦となった。    しかし、 1941年12月8日、パールハーバーにおいて米国が受けた屈辱ははるかに大きかっただろうし、仕掛けた我が国の過ちは今更、歴史が証明しているというより、わかっていて止められなかったというのが、 当時の軍部の内情であろうか。   長崎に原爆が投下されるまでの犠牲者の数は戦後の平和な半世紀の代償としては大きすぎた。   今ここを訪れる日本人観光客は、ワイキキの延長としてしてしか、見ていないか、インパクトが大きすぎて、見て見ぬふりしか出来ない、のどちらかである。

2010年9月1日水曜日

Audi Jazz garten

先週週末はFrankfurt Musium festival にあたり、はマイン川沿いに多くの出店、催しがあり夜遅くまでっ騒ぎっぱなしで対岸のホテルはいい迷惑、夜中まで騒音に悩まされた。   日曜日ミュージアムに行ったら、となりの公園でJazzが聞こえた。    電子音と喧騒にうんざりのところに聞こえるアコースティックなサウンドにほっと引き込まれたのは、アウディジャズガーデンと名付けられた、ビッグバンドのリハーサル風景、 これでうっとおしかった、騒ぎも天気も吹っ飛んだ。
本番は昼から、ビアガーデンも出来て最高の雰囲気、ただ当日は仕事のため飲めなかったのが、誠に残念ではあった。

2010年8月12日木曜日

Prost

ドイツではビールは液体のパンと言われても液体のミルクとは言わないと思うけど、それほどよく飲まれ栄養源であるらしく、ミュンヘンは本場だからかどうか、今日カフェで子供にビール飲ませているの見た。   真夏であり日本よりカラッとしているので朝 昼 晩違う種類のビール飲んでも他国でのように腹にもたれないのはやはりパンとミルクか。  それ以上にうまいのは必ず付いてくるプレッツエル、 そしてミュンヘン名物の白ソーセージとなれば、これこそビールとともに食べるものだと今頃になって確認した。     プレッツェルなどニューヨークでは朝から道端にあふれるが、こうしてビールとともに食されるべきものだとはミュンヘンで初めて解るし、味も塩気が強く おもちの様に、こしがありビール以外には合わないんじゃないかと思うくらいくらい。  ポテトサラダがあれば完ぺきである。  ちなみにフライドポテトは フレンチフライというくらいでドイツではあまり出てこない。    家では制限されるので今日はまとめて飲んでおいた。        栄養サプリとして。

2010年7月27日火曜日


Hampstead Heath. ロンドン中心部にいくつもある公園と違い、Hampsteadにあるこの森は広大というか、手つかず、自然のまま、人気少なく昼間歩いても結構うす暗いところで、14世紀以来ほったらかしという感じがする。  
樹齢何年もあったような木が一人だけ倒れたような景色がいくつかある。  もともとロンドンの樹木の根は浅いらしいが、気色悪いから、かたずければいいのに何年もこのまま見たい。
むしろ触らぬ神に、、、、記念碑のごとく、出現する。


落雷によるのか、ストームなのか、周りより太い木が死骸のごとく、、。      ハイドパーク、グリーンパーク、ケンジントンパーク、そして南西の高級住宅地、にあるリッチモンドパーク。   みなきれいに管理されているのにハムステッドヒースは。
 ここはペスト流行時 多くの死体や疑わしき患者も焼却された歴史があるそうで、 なんとなく怨念めいたものが残る、何も変わらない  森、といえるか。    パリのブローニュの森もこれに酷似した雰囲気がある。    

2010年7月13日火曜日

i phone4


i phone 4の欠陥が発売一カ月内で出てきたのは早いというか、そんなこと何世代目かに出てくるものかと疑いたくなるが、 米国の消費者報告が実験までして買い控える発表したもんだから、アップル社も真剣になってきた様相で、他社の作戦とも見えないこともないが、実際使用者からのクレームによる、側面を覆うステンレスのアンテナの切れ目に触れると何デシベルかの減衰により交信が途切れることが、実験で明らかになったみたい。   原因はシグナルの弱さやソフトウエアの問題だと、強気の発言していたアップル社も 問題はハードウエアだと認めざるを得ないところまできているのか。
消費者報告はまたこれの一時しのぎ方策まで提示、それは単に切れ目にダクトテープを切ってはれば、通話のとぎれはなくなるというもので、これもアップルにとっては屈辱的な事に違いない。  はたして今後どうアップルが動くか見ものではあるものの、 i pod touch 1st generationから使っている自分としては2nd gen.  それからi phone3GSまでだんだん分厚く 重くなり iphone4に至って角ばってしまったデザインにはうんざりしていたので、3Gでよかったと思っているところでもある。   でも通話が途切れたところでそれがどれほどのことか、いままでの他社携帯にないのかとも言いたいし、自分で持ち方工夫すればいいともいえる、 他社の作戦的攻撃と見る向きもある。  
写真、シアトル友人宅の庭。  餌をひとりじめして、下から他を威嚇するリス。    市場の独占はいけない、でも利益は早いもん勝ち。    先週好天、夏日のシアトル、今朝未明上空通過してみた天気は霧雨、14度、寒そう。    今日のワシントンDC、は31度、曇り、これでも先週の酷暑はひと段落みたい。   夜はどしゃぶりとなった。

2010年5月27日木曜日

お先に

N43E169付近、先行したANA10 JFK便を1000ft下から追い抜く。  別に競争してるんじゃなく たとえ300Mの上下間隔でも上空の風速の違いで抜く事もあれば離されることも。   機体NoはJA785Aは777ERのまっさら ニューヨーク線に投入の新客室デザイン機。  新車だから、腹が異様に白い。  

2010年5月22日土曜日

Arnold



少し空いてしまったけれど、この前の投稿 ニューヨークでの海鮮チゲなべを ごちそうしてくれたのは アーノルド。     成人の白血病と戦いつつ、仕事、旅行を続け、久しぶりに会ったからとビールも無理して付き合ってくれる、しんどくてもいつもユーモアを忘れない大先輩の友人であった。
5月15日8時死んだと通知受けたのはお葬式終わった19日、享年80歳。  彼は医者だったので2週間の入院の後自ら治療を断って 準備はできた、と自宅にもどり数日後旅立ったそう。     出来るだけ早く見舞いにいくつもりだったのでほんとに残念だけど、彼のように逝けたらとなどと友人と話す年齢となった。         So long Arnold