2011年1月17日月曜日

Maine Lobster

ニュージャージー友人宅にて。   今がメインロブスターの一番身がたっぷりでうまい時期とのこと。 まずレストラン専用のホールセラーで買い出し、 Monk fish ,Cat fish の巨大な切り身の横にそれらは爪を輪ゴムで縛られすくいあげられるのを待っていた。  それを3尾、その中で一番大きい、2.5ポンドのを私が食することとなった。   
  これを昆布をしいた大なべに約一インチの水を加え蒸しあげる手はず。 

 ごめんなさい。
その間に当然のごとく。  Martini.          
  必ず食べすぎないように。           ブリーチーズも業務用はばかでかい。                           
  そして、そして。    いただきまーす。       
                  
  ごちそうさまでした。
  
しばしば会話は途切れるひと時でありました。               

2011年1月14日金曜日

昨日大雪ですべての滑走路閉鎖、毎年の事ながらも東海岸のドカ雪は近年頻繁になったが、一夜明けた今日13日はすっからかんに晴れ、 好天のニューヨーク。   マンハッタン、ニュージャージーがはるか西からこんなに見える日もめずらしい。      

2010年12月28日火曜日

2010年12月12日日曜日

I Love Skiing - Whistler Mt. opening day -


友人の長男が三男を編集した11月19日のウィスラーオープニングデイのビデオ。  今年は雪が早く、多いみたいで楽しみだけど、体がついていくかどうかが心配。

2010年11月22日月曜日

Seaplane

画像はBC州 Pitt Meadows Airport.     水上機の陸揚はいとも簡単に行われる。  ハーフカー、つまり 車の前半だけの部分に車輪つきの部品が取り付けられ、それをフロート部分にいれバックすれば水陸両用車のようにフロートプレーンは陸に上がり、その後、車体の前後を入れ替え、けん引して離れたハンガーに移動するのに、十分とかからない。   ほとんどの小型SeaPlaneはこうしてドックから上陸するのには驚いた。  もちろんFF車なのは間違いないが、どれもハーフカーなのは理由があるからだろう、 多分四輪だと後ろが浮き上がりそうだし、抵抗にもなりそう。  近いうちに水上機のレイティングをとりたく思っているけど、その時このけん引のほうも経験したい。

2010年10月23日土曜日

London Hydepark

大都市の公園で一番大きいのは何処か、正確には解らないが、自分の知ってる範囲では、サンフランシスコ ゴールデンゲイトパークか。   でも歩いていつでも入れるとしたら、多分ニューヨークセントラルパークかロンドンハイドパークかと思う、 詳しい面積はともかく、  都会の真ん中でいつでも隔絶した自然の中に入っていける場所が、都市計画時からいくつもあるのはロンドンが一番古いと思う。    歩いて、ジョッギングで、自転車で、犬連れて、馬に乗って、どれでも出来る道があるハイドパークは素晴らしいと思う。   土を歩く道、 自転車道、乗馬での道、で、実際にどれも往来があるのは、他の都市ではあまり見れない。
犬のフン専用のごみ箱まで立派にある。                                   

2010年10月5日火曜日

犬の風景

先進国度? とはどういうもので計れるか。   国民総生産? 経済成長率、教育レベル、産業技術、 政治的安定、、などが常識の範囲か。  国家の歴史、資源保有、あるいは軍事力で当てはめるのが間違ってるくらいは誰でも解る今日、 自分なりの定義あるいは、一面的尺度(のひとつ)としては、 その、、、犬の飼い方であろうか。   いかに人間社会に共存できるようしつけるか。
家族、として扱っても、誰が主人か、人とは違うんだ、という事を、叩き込んでから、愛情をそそぎ、生活に連れ込む。   お互いを癒しの相手としないこと、というのはいかに大事で難しい事かを知ることかも。      散歩で引っ張られるまま、、抱きまくる、話かけまくる、服を着せる、無駄吠えを恥じない何処かの先進国と思っている世界一平和な国には解っていない。     人間社会における公共の場に、分をわきまえて参加する、、ことが風土として当たり前にある、 これこそ先進国、かどうか、あるいは国が進んでるかどうかの大きな尺度の一つと言えるのではないか。
もちろん米英独仏(たとえばの話)にもアホな飼い主によるアホ犬は当然のごとく存在するが、 慨論、概観としての話ではある。    
ちなみに 猫、 これは知らん。 なぜかと言って、 笑わない、、尾を振らない、徘徊する。  要は、人の管理、支配下に置かれないがため、人間社会を写す鏡となりえない。 好き嫌いは別として、どうでもいいいし、どうにもならないのが実態でこのへんが犬猫好きの分かれ道かも。  
だから、犬は哲学と凡庸をあわせ持つ身近な創造物。       I love dog。